終わりを迎えたよCDT

僕は、カナダ国境からメキシコ国境までを繋ぐ、約5000kmの自然歩道、コンチネンタル・デバイド・トレイル(CDT)を歩いている。

トレイルで出会った、フィッシュ。

初めて出会うNOBOハイカー。NOBOとは南北に伸びるトレイルにおいて北向き(North Bound)という略で、トレイルを歩いていればどこかでNOBOハイカーと出会うことになる。対して南向きは、SOBOと言う(South Bound)。通常5ヶ月かかるCDTだけど、3ヶ月でフィニッシュするつもりだそう。は、早い。

オントレイル、アナコンダ

スーパーで買い物して、外でパッキングするハイカーたち。

7/16 アナコンダという街で。ぶらぶら。

丸2日間の水場なしの灼熱のジープロードを歩き、なんとか無事に辿り着いたアナコンダ。ここは、トレイルと街とが重なっているオントレイルという珍しい街。ようやく歩き始めてひと月が経過した。ホステルで借りた自転車で街をうろついたり、街にいるハイカーと談笑したり。リラックスしたひととき。というか、ずっとリラックスしてるか。

名付け親のwow。

アナコンダのホステルで仲良くなったハイカー、オーストラリア出身でイギリス在住の”wow”67歳。

彼にトレイルネームをつけてもらった。その名も”Hoppy”(ホッピー)。右足首を捻挫してピョコピョコ歩いてるのが、カンガルーみたいだからだそう。オーストラリアらしい名前をもらった。

7/18 CDTでは貴重なトレイルエンジェル、アナコンダ在住のerin(エレン)。

彼女はハイカーコミュニティが好きだそうで、ボランティアでハイカーを遠くの街まで買い物に連れて行ったり、トレイルへの送迎をしてくれている。ロード歩きは足に悪いということで、トレイルヘッドまで送ってもらう。

後ろ髪を引かれながら、アナコンダを離れトレイルを再開。だんだんと山容もおだやかになってきたようだ。足の痛みが和らぐ、よい景色がつづくよどこまでも。サンダーストームも落ち着いてきて、晴天もつづいてよどこまでも。

地図で見るとノースモンタナとサウスモンタナの境あたり。少し達成感に浸る瞬間。
CDTはPCTと比べてほとんどテン場が無いけど、たまに綺麗な場所に出会えると気分が良くてテンションがあがる。
いつもの夜飯、タイ米のアルファ米での猫まんま。といっても味噌汁はないので、ポタージュにスパムと米をぶち込んだもの。ヘトヘトでも食べられる。疲れていても食べなければならないのだ。
捻挫した右足をかばうため、左足の靴がぼろぼろになってきた。でもだいたいひと月に一足という感じで買い替えている。ソールは持ってもアッパーが持たない。
山火事の煙が見える。

遠くの山で山火事発生中。このCDTトレイルに影響は無いかもと、出会ったセクションハイカーが教えてくれた。風向きしだいで煙の影響を受け、目が滲みたり、臭かったり。恐らく影響があればレンジャーが来てくれると勝手に期待して、水を探しながらこのまま進むことに。

ノーボーのセクションハイカー、ピーナッツ。

しばらく歩いて、すれ違いに挨拶したNOBOハイカーの”peanuts”(ピーナッツ)。CDTを半分に区切り、2年で完歩予定のセクションハイカー。足が悪いと伝えると次の町の話やどこに病院があるなど、たくさん情報を伝えてくれた。優しい女性だった。

マウンテンバイクを愛する夫婦。憧れる。

場所によってはトレイル以外のアクティビティを楽しむところがある。そういった場所ではハイカー以外の出会いも楽しい。なかなか水場が見つからなかったトレイルの途中で、水とサンドイッチをくれた神のような夫妻。マウンテンバイクが好きで、2人で楽しんでいることろで出会った。

終わりは突然に。きっかけをくれたトレイルランナー

トレイルランをしていているところで出会った男性とその奥様

ケガのおかげで、5日の予定を7日もかけて予定の街へ到着。そこでトレイルランをしていた男性に出会う。足を怪我していると話をすると、離れた街にある自宅に招いてくれた。なんと、気のすむまで滞在して休養してくれていいとのこと。涙が出るほど嬉しかった。彼はアーチェリーハンティングブランドのエリアマネージャーをしているそうで、最近、新居を建て始めたそう。工事中の家を見せてもらった。

建築中の大きな家。
いつまでもいていいという素敵な家。

僕はここで彼の優しさに包まれると同時に、忘れたくて出発したはずの社会を思い出していた。トレイルから気持ちも物理的な距離も離れてしまったのだ。

実は、これまでやめようと思うことは数えきれないほどあった。それでもトレイルに戻されていたのだが今回は違う。うまく言い表せないのだが、日常へと引き戻された感じがしたのだ。

人生では逆らうのが難しいほどの、明らかな流れがあるように思う。それと同じように終わりの流れも明らかだった。ここでこだわったり、誰かが決めた境界を守ることよりも、自分で決めることが大切だと感じた。

もう終わっていいかな。そう思うと心が軽くなった。

流れやすい方に進もう。翌日、コロラドの大都市デンバーに移動するために、空港のある街Missoula(ミズーラ)まで車で送ってもらえないか頼んでいた。

社会は思い出したが、こんなにも多大な影響力を与えてくれた彼らの名前は忘れていた。

滞在先の飼い犬。もう終わってもいいんじゃない?こいつにそう言われたような気がしないでもない。

デンバーにて

僕は2018年にPCTを歩いた。この時の出会いはまだ続いていて僕のたからものだ。日本に帰る時は彼らに会うことにしていた。

レッドクロス(左)とパトリック(右)ハイキングが縁の夫婦。

ハイキングのコツを教えてくれたKoreanハイカー”read cross”(レッドクロス)(左)。彼女はPCTセクションハイカーで、同じくPCTで知り合ったパトリック(右)と結婚した。パトリックはトリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルを歩き切った者に与えられる称号)でハイキングの知識も豊富。2人は転勤でアラスカからデンバーに引っ越したばかりで、自分達もホテル住まいなのに泊めてもらい、Korean BBQをご馳走になった。

ジャックラビット(右)とディナー。

“jack rabbit”(ジャックラビット)は、2018年に歩いたPCTで北カリフォルニアから南オレゴン辺りまでいっしょだったハイカー。スキーが好きな彼は、スキーのためにオレゴンからコロラドのデンバーに移住した。日々現場仕事をエンジョイしている。なんでも楽しめて、いつも笑顔の彼には感心する。

はじまりの場所、サンフランシスコ

地下鉄はいつもドキドキ。
ドキドキの想い出が詰まった、ユーロピアン ホステル。

そして、はじまりの場所、サンフランシスコに来た。あの時と変わらず同じ雰囲気のホステルは2014年の夏にジョン・ミューア・トレイル(JMT)挑戦時に利用した。当時僕は43歳。ハイキングするために仕事を辞め、初めての海外にドキドキしながら地下鉄に乗り、このホステルの前に立ったのを思い出す。

街はあの時とあまり変わらないけど、ホームレスが少し増えたかな。

ユーロピアン ホステル

761 Minna St, San Francisco, CA 94103 USA

僕のCDTはここで終わる。以前から足をひねるクセがあったのだが旅に出た。出たかったのだ。いろんなクセを直すのではなく、一緒に生きていくのが性に合ってる気がした。

僕が好きなのは、人の気配。そこで出会う人々が好きだ。

多少クセがあっても、人を愛し、好きな場所で僕らしく歩みを進めていく。

流れるままに。流されるがままに。

end


コンチネンタル・デバイド・トレイル(CDT)はアメリカの長距離自然歩道。アメリカ三大トレイルのひとつと言われ、まだまだ未開拓で、荒々しく、冒険溢れるトレイル。総距離も、通るルートもハイカーらしさが出る面白い道。

shuu

北九州・門司港にあるバー「tent.」のオーナー。コンチネンタル・ディバイド・トレイル(CDT)に挑戦した。

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